前回、企業プロモーションにiPhoneアプリを使うべきではないという理由を説明しました。しかし、iPhoneのユーザー数は確実に増えてきており、将来的なシェア増加も考えると、何も対応しないのは得策ではありません。
また、ローソンヱヴァンゲリヲンARのように、大きな成功を収めることも不可能ではありません。
しかし、アプリとして成功し、イベントとしても成功を収めたこの企画(※1)も、最終的な目的である商品販売(作品関連グッズのオンライン販売)まで成功したかというと少々疑問なのです。前回のエントリーで、「商品の売上げはともかく」と補足したのは、そういう意味です(※2)。
Webも同じですが、インターネットを利用したサービスを考えた場合、いかによどみなくユーザーを案内し、スタートからゴールまで導くかが重要になります。それは、企業側の利益にもなりますし、ユーザー側の利益にもなるはずです。
そこで、今回のテーマ「iPhoneアプリを作る前に必ずすべきこと」を、以下の通り提案します。それは、たった一つ、簡単なことです。
企業がiPhoneに手をつける際、まず最初にやらなくてはならないことは、アプリを作ることではありません。重要なのは、WebサイトをiPhoneに最適化すること、なのです。理由は、以下の通り。
バズマーケティングには、Webサイトが不可欠
現代のインターネットビジネスにおいては、バズ(口コミ)マーケティングが不可欠です。これは、SNSの定着やツイッターの普及から、急速にその重要性が増してきたと言えますが、ブログやEメール、掲示板などの時代から口コミは重要でした。
ここで、インターネットを使ったバズマーケティングについて考えてみます。
より具体的にご理解いただくために、「面白雑貨.com」という架空のショッピングサイトを想定してみましょう。このサイトは、面白い雑貨商品を集め、それを見つけたユーザーが口コミすることによって集客することを見込んでいます。
そのため、個々の商品ページにはSNSやツイッターへの投稿リンクボタンが設置され、そのページの固有リンクを記載したコメントを簡単に投稿できるようにしてあります。レビュー欄への投稿を、(ユーザーの任意で)自動的にツイッターなどに投稿できるようにしておけば、より口コミ効果を見込めるかもしれません。もちろん、Eメールで「友だちに知らせる」機能も備えるに越したことはありません。
今どきの、よくありがちなWebサイトです。
さて、その前提で、ユーザーはどのように動いてくれるでしょうか?
私は、これまでの経験上、安易な「想定」に基づいた行動予測はことごとく外されるということを学んでいますが、ここでは、ごくごくシンプルなユーザー行動ということで、あえて予測してみます。
おそらくは、図1のような行動フローが生まれることでしょう。
図1
- ブログやプレスリリース、口コミ、検索エンジンなどから、サイト自体にユーザーが流入する
- サイト内で、面白いコンテンツ(ここでは商品)を見つけたユーザーが、SNSやツイッター、Eメールなどで友だちに口コミする。ブログや掲示板で取り上げられる可能性もあり。
- 口コミに誘われて、新規ユーザーが“個別のコンテンツ”に直接ランディングする。
- そのうちの何パーセントかが、商品を購入したり、サイトに登録したり、コンテンツを購読したりする。そして、さらに口コミ行動を起こしてくれれば、新たなユーザーが来訪してくれる。
今どきの、典型的なバズマーケティングのスタイルです。ここで、WebサイトをiPhoneに最適化しておけば、iPhoneユーザーの集客にかなり効果的であることは想像に難くないでしょう。
しかし、iPhoneアプリの場合はどうでしょうか? 図2をご覧下さい。
図2
- ブログやプレスリリース、口コミ等で話題になる。これはWebサイトの場合と同様。または、iTunes内の“トップチャート”などにリストアップされる。
- アプリ内で、面白いコンテンツ(ここでは商品)を見つけたユーザーが、SNSやツイッター、Eメールなどで友だちに口コミする。ブログや掲示板で取り上げられる可能性もあり。
- しかし、アプリ内の“個別のコンテンツ”に誘導することはできないので、既存のWebサイトの該当ページにランディングさせる。
- そのWebページがiPhoneに最適化していない場合、見にくい、操作しにくいなどの理由でユーザーは離脱する。終了。
- WebページがiPhoneに最適化している場合は、口コミ効果がうまく循環する可能性が高くなる。その場合、アプリの存在はほとんど意味がなくなる。
すなわち、どちらにしても、WebページをiPhoneに最適化しておく必要があるということです。
リーチの目標は、結局Webページ
iPhoneアプリは、最初の起爆剤としてしか機能せず、口コミ効果は結局Webに頼らざるを得ないことをご理解いただけたと思います。
これは、iPhoneアプリにはパーマリンクを貼れず、個別のコンテンツにユーザーを案内することができない、ということが最大の理由です。
それに加えて、口コミ対象がiPhoneユーザーに限定されてしまうというのもデメリットです。
iPhoneユーザーであっても、アプリをインストールしなくてはならない、ということが大きな障壁になります。先のエントリーでも書いた通り、iPhoneユーザーの中には、アプリをインストールすることに消極的な人も少なくありません。
実際、口コミ効果が起こったら、例えば、ツイッターなどで話題になった場合、タイムラインに直接URLが記述され、Webサイトへの誘導が行われます。その時、どんなWebページにランディングするかが、非常に重要なのです。
ユーザーがインターネットを利用している環境は、大きく分けて3つ。PC、携帯電話、スマートフォンです。そうすると、ツイッターからのランディング先は、それぞれ、PCサイト、携帯サイト、スマートフォン(iPhone)対応サイトであることが望ましいということになります。
もちろん、iPhoneアプリそのものにリンクを貼ることも可能です。しかし、その場合のURLは、正確に言うと、アプリをダウンロードするためのページです。そのページを開くと、自動的にAppStore(PCの場合はiTunes)が起動します。Safariを除き、一応確認のポップアップが表示されますが、iTunesをインストールしていない環境においては、あまりありがたいURLではありません。
そのようなことを考えても、口コミのリンク先は、やはりWebページが最善と言えるのです。
iPhoneアプリは、Web(Safari)よりも優れている?
iPhoneアプリには、Webでは実現できない機能がたくさんあります。
しかし、現在リリースされているiPhoneアプリのほとんどは、Webの機能だけでも十分なものがほとんどなのです。いや、むしろ、iPhoneアプリにすることによって、わざわざWebの特性、特にプロモーションに有利な特性を放棄してしまっている企業が少なくありません。
その理由は、以下の表をご覧いただければわかります。
iPhoneアプリ・Web(Safari)機能比較
iPhoneアプリ | 機能 | Web(Safari) |
◎ | 1 ダイナミックでリッチなUI | ○ |
◎ | 2 美しいグラフィック | ◎ |
△ | 3 サービス全体に対する被リンク | ◎ |
× | 4 個別コンテンツに対する被リンク | ◎ |
△ | 5 プロモーション効果 | ◎ |
× | 6 他プラットフォームとの互換性 | ◎ |
× | 7 メンテナンス性 | ◎ |
△ | 8 開発の自由度 | ○ |
△ | 9 コストパフォーマンス | ○ |
◎ | 10 位置情報 | ◎ |
◎ | 11 カメラ・ファイルのアップロード | × |
◎ | 12 コンパス・加速度センサー | × |
1〜2の「UIとグラフィック」は、iPhoneアプリとWebではほとんど大差がありません。これは、iPhoneの標準WebブラウザであるSafariが、最も先進的なブラウザだからです。最新のHTMLとJavaScriptそれからCSSをフルに利用すれば、多くの人の常識を超えるほど豊かな表現が可能なのです。iPhoneのSafariがFlashに対応しない理由の一つでもあります。
強いて両者の違いを言うならば、iPhoneアプリの場合は、アップルが用意したInterface Builderを利用できるので、比較的簡単に、そこそこ良質なUIを作り込むことができる点です。一方で、Webの場合はデザイナーのセンスと技能が問われます。デザイナーしだいといったところでしょう。
3〜4の「被リンク」については、先に述べたように、iPhoneアプリは惨憺たるものです。リンク先でAppStoreを起動し、アプリをダウンロードしてからインストール、という煩わしい作業をユーザーに強いることになります。そして、アプリ内の個別のページやコンテンツには、リンクを貼ることができません。
5の「プロモーション効果」は、被リンクされにくいiPhoneアプリが圧倒的に不利と言わざるを得ません。リリース直後のプレスリリースやブログ・SNSからの口コミによってアプリの存在自体はPRできますが、それはほんの一瞬だけの効果です。そもそも、プレスリリースは、それなりに名の通った企業でもない限り、確実に周知されるとは限りません。
AppStoreのプロモーション効果も、確実性がなく他力本願なものになってしまいます。多くのアプリは、ほとんど人の目に触れることもなく埋没していくことでしょう。
個別のページやコンテンツにリンクを貼ることができるWebの場合は、コンテンツ単位でのPRが可能であるため、リリース後も持続的にプロモーションを続けることが可能です。しかも、ユーザーは、ダウンロードだとかインストールだとか、手間のかかる作業に煩わされることがありません。
6の「他プラットフォームとの互換性」は、とても重要です。スマートフォン市場においてiPhoneと双璧をなすAndroidですが、両者の標準ブラウザは、ほとんど仕様に差が無く(共通のレンダリングエンジンを採用)、iPhone用に作成したWebページは、ほんの少し手を加えるだけでAndroidにも対応できます。また、それ以外のスマートフォンにおいても、ブラウザが標準技術に準拠している以上は、対応に苦労することもありません。
しかし、アプリの場合はどうでしょう? iPhoneにはiPhoneアプリの仕様があり、AndroidにはAndroidアプリの仕様があります。これは両対応が不可能なので、それぞれ完全に別のものを作らなくてはなりません。
7の「メンテナンス性」も重要です。
もし、iPhoneアプリをリリースした後で、簡単な修正を加えたい場合はどうしたら良いでしょうか。例えば、記載している電話番号が違っていた、程度の修正。ちょっと修正して、再リリースすれば済むだけの話です。しかし、iPhoneアプリは、アップルが運営するAppStoreからしかリリースできません。そして、時間のかかる審査があります。ほんの少しであっても、即修正というわけにはいかないのです。(※3)
一方、Webの場合は、修正したファイルを自前のサーバーにアップロードすればいいだけです。電話番号程度の修正であれば、ほんの数分で完了します。
8の「開発の自由度」に関しては、両者ともに一長一短です。iPhoneのSafariがいかに先進的なブラウザと言っても、iPhoneの機能をフルに使えるわけではありません。後述しますが、ファイルをアップロードできないなど、ブラウザとしての基本的な機能すら備えていないのです。
しかし、iPhoneアプリの厳しい審査を考えると、多少の機能不足は目をつぶるべきかもしれません。
システム上の不具合はもちろんですが、非公開APIを使用したり、標準機能と重複していたり、また、UI系の作法が不親切だったりすると、アップルの審査チームはリジェクト(公開拒否)してきます。
ポルノや暴力表現の年齢レーティングも厳しい。水着写真を納めたグラビアアイドルの写真集がリジェクトされたというような話も聞きます(露出度の高い未成年の水着が問題?)。中には承服しかねるような理不尽なリジェクトも多々あるようです。
iPhoneアプリの開発者は、リジェクトされる度に何度も修正を繰り返し、血のにじむような思いをして審査を通過させているのです。
それに比べると、Web開発は非常に自由で、内容はもちろん、APIもあらゆるものを使用できます。スピードを重視して、未完成のサービスを、とりあえず「β版」としてリリースできるのもWebの大きなメリットです。
9の「コストパフォーマンス」は、一概に言えないかもしれません。ある程度高度な内容のものであれば、Webは、未だに事例が少ないHTML5などの先進的な技術を使うことになり、iPhoneアプリよりも多くの開発時間が必要になるかもしれません。
また、昨今iPhoneアプリの開発者が増えてきたことにより、開発ノウハウが共有されていることや、人材供給が潤沢になってきていることを考えると、iPhoneアプリの方が圧倒的にコストがかかるとは言い切れません。
しかし、一般的には、人材も制作ノウハウも圧倒的にWebの方が豊富で充実しています。特にコンテンツを閲覧することに特化したような単純サービスの場合は、iPhoneアプリよりもWebの方が格段に安上がりと言えるでしょう。
何よりも、何度もリジェクトされる厳しい審査が無いというのは、制作日数を大幅に減らすことができ、コスト削減につながるはずです。
10〜12は、iPhone独自の機能を利用できるか否かという話です。残念ながら、現状では、iPhoneのSafariはカメラ、ファイルのアップロード、コンパス、加速度センサーの機能を利用することができません。ですから、いかにWebページの方が勝手がいいからと言って、それらの機能を使用する場合は、iPhoneアプリを作成しなくてはなりません。
また、iPhoneのSafariは、プラグインを追加することができないので、動画や音声などを独自フォーマットで配信する場合は、アプリを作成せざるを得ません。
さて、こうして機能比較を一覧にしてみると、明確になってくることがあります。
それは、iPhoneアプリよりも、Web(Safari)の方がメリットが大きいということです。カメラ機能やファイルのアップロード、コンパス、加速度センサー、それから追加プラグインを使わないならば、実はWebで作った方が格段にお得。
そして、企業がプロモーションツールとして展開するiPhoneアプリは、これらの機能を必要としない場合が多いのです。
まとめ: とにかく、WebサイトをiPhoneに最適化する
以上のことをまとめると、iPhoneアプリを作る必然性、すなわちカメラやコンパスなどの機能を使用するのでなければ、iPhone向けのサービスは、Webベースで作る方が有益であることをおわかりいただけると思います。この場合の「有益」は、企業とユーザー双方にとっての「有益」です。
また、仮にiPhoneアプリを作ったとしても、口コミでプロモーション効果を得ようとするならば、そのランディングページ(Web)をiPhoneに最適化することは、絶対必要な条件なのです。もし、ランディングページ(Web)がPC向けのデザインであったならば、ましてやFlashで作成されていたりしたならば、十中八九ユーザーは離脱してしまうことでしょう。
iPhoneが日本で発売された当初、有名なエバンジェリストですら「iPhoneはアプリがすごい。でもフルブラウザ(Safari)は使えない」と言っていましたが、それは大きな間違い。実際には、WebページがiPhoneに最適化していないから「使えない」のです。このような誤った認識により、企業によるiPhoneアプリラッシュとWeb軽視が広まったのかもしれません。
しかし、iPhoneが普及し、利用方法やビジネスモデルが成熟してきた今、私たちはその認識を改めなくてはなりません。
しつこいようですが、もう1回書きます。企業がiPhoneをプロモーションに活用するならば、何よりもさておいて、WebサイトをiPhoneに最適化すべきなのです。そうしなければ、満足のいく効果は絶対に得られません。
【宣伝】
WebサイトをiPhoneに最適化されたい企業様は、是非お声をかけてください。ご相談からデザイン、コーディングまで、一環して承ります。
植松 良憲 : uema2yo@gmail.com
※1 実際は、集客力が強すぎて、近隣への迷惑回避のためにイベントを中断。
※2 実際の売上げは知りません。
※3 こうしたメンテナンス性の低さへの対策として、可変的な情報はオンラインで管理しているベンダーが多い。
ちなみに、ローソンヱヴァンゲリヲンARから“Shop”にアクセスした場合のランディングページがこれ。このページでは、購入意欲も半減してします。
もったいない…。